Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

計算してはいけない

物事を計算する。元々は数学ではあるが、元来日本人はこの計算するということが好きで得意。しかし音楽家をはじめとした芸術家は気をつけねばならない。特に音楽だが、どういうわけか日本では音楽=数学という考え方が充満している。これは日本独特のもので、ヨーロッパでもしそれを言ったら音大生にすら笑われるというレベルの大間違いである。


音楽とは感覚的精神的でかつ自然なものであり、数学的にも幾何学的にも考えたりやることは不可能である。音楽理論等はもちろん後付けであり、別の視点から見て知るという物に過ぎず、演奏する時には直接使えるものではない。音楽、演奏、計算ではできないしやってはいけない。技術もそうだが、計算は人を圧倒することはあっても感動させることはない。


なぜ気づけないのか?

最近色々と聞くことである。日本のオペラが気持ち悪いと。理由は、取ってつけたような変な演技、本来音楽であるオペラの強制芝居化、などなど。オペラファンではない音楽ファン、音楽ファンではない方々、とにかく広い範囲で聞く。要するに、数少ないオペラファン以外全員ということになるであろう。


日本のオペラ関係者は、これらと真逆にオペラの強制芝居化まっしぐらである。自分の知る限り、日本でオペラに携わってる方で、ある程度のレベルで音楽に興味があり実践している方を知らない。逆に芝居化には最低でもみな強烈なこだわりをもっている。


このやる側と聴衆側の真逆なギャップは何なのか?一つ言えることは、オペラは芝居ではなく音楽ということ、これだけは世界の常識、歴史がそうである。そして個人的に一番謎なのは、日本のオペラ関係者が、オペラは芝居ではなく音楽であるということ、一般人らから気持ち悪がられて敬遠されファンが増えないこと、なぜこれらに気づけないのかということである。オペラ関係者は皆、芝居=演技がないと集客につながらないと強く言うが、それで来るのは内輪の話であって、それ以外は上記の通り、これが世の中の現実である。ここまで来ると、気づけないというより、我を通しているに過ぎない。なぜそうなるのか、音楽家として、人として、とにかく不思議である。


聴衆の為

聴衆の為に、お客様の為に、よく聞く言葉である。それゆに、色々な演奏団体が色々なコンセプトを考え実施しているわけである。それにより色々な考え方ややり方が出て来るのは当然である。しかし、忘れてはならないことがある。演奏家は何より演奏で表現し聴衆を満足させねばばらず、それ以外の考え方ややり方はその後の問題であり、何より演奏そのものをどうするかが聴衆の為になるということである。聴衆はやはり演奏者には演奏の良し悪しを求めて来るのである。


日本のオペラ団体によくあるのは、演奏が一番後回しになり、過剰な芝居や舞台セット等に意識が行き過ぎである。さらに、日本のオペラ界は何とも言えない独特なスタイルと言うか風習があり、それを貫くことが聴衆の為と思い込まれているところが多い。しかしとんでもない間違いである。それらこそがオペラファンを増やせない最大の理由になっていることに誰も気づいていない。まず日本独特の強制芝居化による学芸会のようなオペラ公演、最大の欠点である。身内は来てくれるかもしれないが、それ以外のファン層獲得に一番障害になっていることは明らかである。それゆえの日本のオペラ界譜独特の風習等は当然見直すべきところが多い。オペラ関係者は「日本のオペラは〇〇だから、そうでないといけないし、聴衆の為なら〇〇すべきである」といった言い方をよくする。はっきり言うと、それが理由で日本ではオペラは発展してないし、その前に本来オペラとは何か、どういうものか、それらを学び直さねばならない。


悲しいのが、残念ながら日本のクラシックファンのほとんどがオーケストラや器楽系と言ってもいいだろう。オペラファンはごく少数。そして同じクラシックファンでありながら、オーケストラや器楽のファンがオペラを毛嫌いしてこない者が非常に多い。理由は簡単である。日本のオペラは強制芝居化による学芸会がほとんどであるため、音楽と思えないからである。オペラは芝居ではなくて音楽である。ヨーロッパはもちろん世界の常識である。それを普通に自然にやれば、少なくともこういった毛嫌い的な者は減るかなくなるであろう。聴衆の為、これをもし本当に第一に考えるならば、まずはオペラ本来の姿を知った上で、あくまで演奏で聴かせることに集中すべきである。演技等はそれらが最低限度できてからの話である。日本でオペラを発展させるにはこれしかないと思う。しかしこれが一番不可能に近いぐらい難しい。ほんの少しのわずかな挑戦かもしれないが、自分が 日本でやるオペラ人としての最後の仕事がこれである。どこまでできるかは分からない、恐らく全く無理かもしれない、でも最後にもう少しだけ試してみようと思う。