Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

危機

関西にいる友人からしばらく前に聞いた話である。関西にあるオペラ団体、大小合わせるとそれなりの数ある。近頃の傾向として、表向きには予算削減が理由らしいが、音楽練習をカット=全くやらずに、いきなり立稽古から始めることがあるとのこと。これにはびっくりした!全くオペラではなくなっている…。


これも最近ある別の情報だが、某オペラ団体がオペラの練習を開始し、わずか3回で音楽を仕上げて…とのことらしい。これも前記のものと全く変わってないと言える。完全にオペラではなくなっている。


まず予算削減というのは私立オペラ団体では特にシビヤな問題である。が、ほぼ確実にどのオペラ団体も予算対策を音楽で行う。と言うのは、オケを非人間的ギャラにするかノーギャラ(アマオケか学生のただ働き)、オケをなくしてピアノにする、などなど。で、近頃は音楽の練習をしないという方法も出て来たらしいという…。これらは、要するに舞台や演出面に可能な限り費用を賭けようとするためであるが、しかしこれが一番やっては行けなことである。なぜなら、オペラは音楽であり、作曲家がオペラ作品として残してくれたからこそ我々はオペラ人として現代生きてられるわけである。単に冒涜であり、その前にオペラをオペラでなくしてしまっている。そしてそれが普通にできるというのが意味分からない。


予算がないなら、舞台をやめて演奏会形式にする、これがまず普通の考え方である。ヨーロッパでは普通にそれがある。ところが日本は真逆である。もしオペラが芝居に音楽を後から挿入したものであればそれでいいし、舞台に立つ人種が役者であるならそれでいい。しかし、オペラの舞台にはオペラ歌手、すなわち演奏家が立つ。そしてオペラは全くもって芝居ではない。後に演技等は入るとは言え、明らかに音楽でできているジャンルである。


日本のオペラ界でオケや指揮者に予算がかけられないのは本当に酷すぎる話である。この時点でオペラを音楽として考えてないどころかそうする気がないというのが明らかである。日本でオペラが発展しない最大の理由は明らかにこれである。