Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

コレペティと伴奏

この2つは明らかに違うことであるが、時としてごっちゃになてしまう。設定的にも、作業的にも。コレペティとはピアノを弾きながら歌手に稽古をつける、または手助けをする。伴奏はソリストと共に共同作業で持って音楽を作る=演奏する。簡単に言えばこういうこと。


まず設定的なこと。前述の通りである。コレペティトアとはコーチかトレーナー的な者であり、伴奏者でもなければピアニストでもない。むしろピアニストにはできないジャンルである。特別に勉強した方なら別だが、まずピアノ科(ピアニスト育成機関&過程)ではコレペティに必要な訓練は一切ない。伴奏者は舞台上でソリストと共に演奏する演奏家であり、ソリストとはパートナー関係にあたる。ゆえにコレペティトア&伴奏者=トレーナー&演奏家、と考えることができる。が、日本を筆頭にある地域ではこれらがごっちゃになり、コレペティトア=ピアニストと思い込まれている。まず日本ではピアノ科出身者にその業務をやらせてしまっているためというのもあるが、そもそもその理由に指揮者がピアノを弾かないからというのもある。またロシアを中心にヨーロッパから東の方へ行くにつれてこの考え方は増えている。ロシアでは劇場コレペティトアはピアノ科出身者の職とされている。個人的にはそれをどう行っているのか疑問を持つが、これは現地ではごく普通である。恐らく日本と極めて似ていると考えられるが、しかし日本のようにごく普通のピアノ科出身者にやらせていては劇場での仕事が明らかに務まるわけがない。ゆえに、何かしらの訓練をプラス行った者ということになるが、それがどういうものなのか。日本には劇場がなかったためその必要はなかったとも言えるが、しかしオペラの音楽面への興味と意識の低さも同時に浮き彫りになる。


作業的なこと。歌手にも色々なタイプがいるが、多くの場合伴奏者がテンポやリズムを演奏上支える役割を担う。コレペティではこれらを歌手に充てることがある意味最重要であるが、伴奏者とソリストの場合も時として歌手次第では伴奏合わせなのかコレペティなのか微妙になって来てしまう。となると実際どっちがどうなってるのか微妙であり、当然演奏としてのクォリティーは極めて低くなってしまう。準備をしっかりする歌手の場合、もし自分での準備が難しければ、伴奏合わせの前に個人的にコレペティトアのところへ行き練習してから伴奏合わせへ臨む者もいる。この場合は伴奏合わせが普通にできるわけである。伴奏合わせとはパートナーとの音楽作りに集中するべきであり、そこでコレペティ的なことをやってしまうのは絶対に避けるべきである。しかし残念ながらこういう状況は存在している。いい意味で伴奏者にはコレペティの能力があった方がいいし、それは伴奏者としての演奏活動にかなり役立つ。しかし根本的にコレペティと伴奏は全く違う時間である。まずは歌手にかかっているのだが、しかしピアニストも変にこれらをごっちゃにして横柄な態度を取ったり暴走してしまっては全く意味がない。


これらにより、コレペティと伴奏は時として悪い意味でごっちゃになりやすいことがある。コレペティトアは元々は指揮者のものだが、近頃は指揮をしない専業コレペティトアも増えて来ていて、その場合確かにピアノ科出身で後にコレペティの専門的訓練を受けた者ということになる。またその場合、伴奏ピアニスト兼コレペティトアのようなジャンルが存在して来る。もちろん指揮者でコレペティトアでも伴奏を行う者も多いが、ピアノ科出身者のコレペティトアが増えれば、当然伴奏との兼業の率は高くなる。その場合気を付けるべきは、両者の役割と必要性をしっかりと認識して行うことである。


ピアノ科出身者がコレペティトアになる場合、非常に難しい問題がある。ピアノ科を出て来た方は、オペラ界における指揮者&コレペティトアとは全く違った環境で育ってきている。簡単に言えばピアニストは個人主義的で、ある意味大事に育てられてきている。反面指揮者&コレペティトアは下積み叩き上げ、小間使い的な雑用から扱かれ揉まれて来ている。ゆえに、ピアノ科を出てこの下積み叩き上げを全く知らない者がいきなりその世界に入り練習ピアノを弾き始めたりすると、その空間や周りからの扱いのあまりの違いにショックを受け、対応不能、逆切れなど、色々な理由で続かなくなってしまうことが多いようである。もちろん人それぞれタイプによってさまざまだが、自分の経験上、その環境に合わない&受け入れられない系の方がその後間もなく消えてしまうことが多い。前述のようにコレペティの勉強や経験は伴奏ピアニストとしての演奏活動にかなり役立つ尊いものではあるが、しかしうかつに入り込むと逆効果になってしまう世界でもあることをあえて強調したい。いずれにせよ、その辺からもコレペティと伴奏をそれぞれ謙虚に知ることがまず何より最重要なようだ。


ちなみに、コレペティは確かにまだまだ日本では浸透しきってないからと言えるが、では伴奏はというと、これまた日本ではかなり発展途上である。世界的に本当に”いい伴奏者”は少ない。世界的に伴奏者という立場は軽視されていて、本気で興味を持ち極めよう津するものは極少数である。また残念なことに、ソロで通用しないから伴奏へという軽はずみな者、初見が聞くからというだけで伴奏がうまいと勘違いする者、メトロノームでソリストとしっかり縦が合っただけで合わせるのがうまいと思い込んで伴奏が得意と勘違いする者など、よからぬ理由で伴奏へ進む者が非常に多い。これは指揮者にも言えることだが、伴奏する=合わせるということはそんな表面的で機械的なことではない。特に日本では縦を合わせる&メトロノーム通りということが異常に重視されるためそれが伴奏=合わせることだと思われがちだが、本物はそんな簡単な問題ではない。事実、日本には伴奏の超スペシャリストであるオペラ指揮者は極めて少ないし、優秀なソロピアニストはいても伴奏者として一流と言われる者は存在しない。そもそも世界的にそういう傾向何も日本だけの欠点とは言えないが、伴奏というものはもと重要視されるべきであると思うし、それに気づけたなら謙虚に伴奏について学んで知るべきだと思う。