Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

進路について

プロの音楽家を目指す者の進路というのは、何となく一般的固定観念があうと思う。今日の日本での設定は次のようである。


1、子供の頃にレッスン開始(ピアノや弦は3歳ぐらいかあ、声楽は高校入学後)
2、大体平均的に中高辺りからソルフェージュ等のレッスンを入試の為開始
3、音大入学~卒業(積極的な者はその間マスタークラスやコンクール受験)
4、留学(外国の音大入学、あるいは個人留学)
5、コンクール入賞
6、演奏活動(ソリスト、オーケストラ、劇場等)


細々上げるとキリがないが、大体オーソドックスにはこんな感じに認識されているのではないかと思う。


しかしあえていくつかの違う例を挙あげてみたいと思う。個人的におもしろいと思う者を紹介したい。


1~2に関しては大体変わりようがないと思う。それぞれの開始時期は人やジャンルや状況によっていくらか差はあるが、そこまで大したことはない。違うのは3以降である。


厳密には2の範囲内からであるが、高校を音楽科のある所へ行くのは普通だが、その時点(稀にさらに早い人もいるが)で留学する者もいる。この場合のメリットは、かなり若いうちに行けるので習得が柔軟である。特に言葉の習得はかなり強く、大卒後の留学者より確実に上である。また音楽もそれ以外も、早い時期から現地(留学先)の感覚を得られるので、特に本場ヨーロッパへの留学者は本場のエッセンスをかなり吸収できるというわけである。ただしこの場合、一つ難しい問題がある。十代での留学となると、成長過程的にはまだ成長段階の真っただ中であり、人間形成が明らかに不確実な時期になる。もちろんその速度には個人差はあるが、このような時期にいきなり異文化の土地で生活を始めると、人間形成において色々難しくなってくる。そういう意味では大卒後ぐらいの方が確実と言えるが、しかし前記の通り習得的には早い方がいいに決まっている。この辺をどう考えてどう実行するかは本人次第としか言いようがないが、しかし難しい問題である。この決断はその後の人生を確実に決めてしまうので、むやみな判断は絶対に避けたい。


大卒後の留学のパターン、つまり4~である。基本的に日本の音大を出てからということになるが、留学準備期間としてはちゃんとやれば一番余裕があり、色々な意味で確実は方法と言えよう。またこのころには十代よりかは目標やプランも自分でしっかり決められやすいので、進路的にはスムーズになりやすい。しかし難しい問題もある。要は日本での大学生活をどう過ごしてきたかによるのだが、日本にも色々な音大があり、環境の違いはさまざまである。高い意識レベルをキープできていればいいのだが、所詮本場ではない日本で周りの色々な誘惑により高い意識レベルをキープできない場合が極めて多い。また言葉に関しては日本人はかなり意識レベルが低いのと、個人レッスンや語学スクールに通ったところで実践経験が積めないので、正直準備は時間はあれど極めてやりにくいとも言える。しかしながら、日本で音大に行かず普通大学を出てから音楽留学をする者もいる。自分もこういう者に何人もヨーロッパで出会ったので色々な経験あがる。彼らは日本で音楽的空間にあまりいないため情報もツテも少なくある意味準備困難な部分もあるが、反面日本の音楽界に左右されずに来るので、留学後の習得度合いが素直でかなりいいと思う。日本で音大で極めていい環境でいい訓練ができていればそれに越したことはないのかもしれないが、実はそれはかなり至難の業である。音大に行かずに留学した者は、確かにそれまでの時間音楽をやってきてない分もったいない感じを受けるかもしれないが、しかし音楽以外の人生経験はあればあるだけいいものである。もちろん時間の使い方は難しいし、音楽をやりながら他のことをするのもまた難しいのだが。しかしそういう意味では普通大学卒のものはある意味強いと言える。


マスタークラスについて。国内外問わず今日世界中でかなりの数のものがある。大学がア休みの期間を利用して、可能な限り色々求めてみるのはいいことであるし、個人的には必要かと思う。運がよければそこで留学先の先生に出会えることもあるし、さらに運が良ければそこで気に入られて仕事につながることもある。そして何より同士との出会いが嬉しい。これはいいコンタクトにもいい刺激にもなる。こういった経験は非常に掛け替えのないものである。やはり音楽は仲間とやるものなので、こういう出会いと経験は何より大事である。


コンクールについて、これはかなり問題が多い。日本が確実に世界一のコンクール大国であることをあえて前置きしておく。今世紀に入り世界的に数が増えて来た。日本では大小問わず数えきれないほど存在し、はっきり言ってコンクールが最高でその為に皆練習している。ゆえにコンクールに通りやすい=技術的傾向に走りすぎている。日本ほどではないにしてもコンクールが盛んになると基本人間はこの傾向になる。ゆえに、地道な修行や経験ではなく、とりあえず小奇麗に要領よくやって一攫千金を狙う、という風になってきている。一番明らかな例が指揮者コンクールである。地道な下積み修行をふっ飛ばしてコンクールでデビューというやつである。しかしながら、コンクールとはご存知の方もすでにいらっしゃるはずだが、裏社会であり、主催者や審査員のシナリオにはまったものが成功する世界である。ゆえに実力の良し悪しは関係ない。にもかかわらず多くの日本人がコンクールを信じ込み、受かればよし、落ちればダメと考えてしまい、それにより音楽の道を断念する者が多いことを残念に思う。簡単に言えば、学校でいい成績を収めて気に入られた優等生が社会に出て立派な人間として成功するわけでは決してないのと同じで、コンクールに通った演奏家が一流の音楽家かというと全くそうではない。コンクールも確かに一つの方法ではあるが、実は実力者の方が通りにくく、全く実力が反映されていないという現実を知って頂きたい。もちろん実力の評価とは人の好みや感覚からして難しいもので、審査員一人の気分や意見の一瞬の違いで結果は180度変わる者である。とにかく、コンクールに落ちた=才能&可能性ない、というのは明らかな間違えである。ちなみにコンクールの為に音楽を始めてそれが最高目標である方には関係ないことかもしれないが…。しかし純粋の音楽の道へ進みたい方は、経験としてコンクール受験することは大いにありだが、決してそれで人生を左右されてはいけない。


このように音楽家の進路とは本当に色々である。大事なのは、何になりたいか、何をしたいか、それによりやり方も進み方も色々である。その辺を考えた上で、一番いいと思われる道に進みたいものである。