Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

ヴィヴラート

日本人が異常なまでに大好きなものである!日本を中心とした東洋の民族はヴィヴラート、すなわち”揺れ”が大好きで心地よく感じるわけである。例えば日本では演歌などでもかなり声を揺らす歌い方があり、それが非常に美しく心地よく感じるわけである。これは東洋の民族にとって自然であり文化とも言える。ゆえにクラシック音楽をやる際、ここにも演奏にはヴィヴラートが存在するが、当然日本人らはその感覚でそのまま使うわけで、ヴィヴラートへの思い入れははっきり言ってダントツ世界一である。


ところが、本場ヨーロッパではどうだろうか?実は全然そんなことはない。まず明らかに日本人らに比べてヴィヴラートがそこまで特別でもなければ好きでない。むしろ好きでない人が結構多い。音大生同士の会話でも、例えば「あの人の演奏はすごくいいけど、ちょっとヴィヴラートが多すぎるかなあ…」といった会話は頻繁に聞く。これはそこまでヴィヴラートをかけることに執着もしてなければ興味もなく、それゆえにちょっとでも無駄にかかっていると感じるとすぐに気づいて指摘するというわけである。日本ではまずあり得ないである。かければかけるだけいとされるからである。


東洋ではヴィヴラートがかかっているのが普通である。何もないとつまらないわけである。ゆえに有名な話、日本の弦楽器奏者は右手よりも先に左手(ヴィヴラートの動き)の方が先に動き出すわけである。ズバリ言うと、左手の方を先に動かしている。多くの弦楽器教育者が、左手を先に動かす、あるいは先に左手を動かす準備をするように指導するからである。なぜそうかというと、ヴィヴラートがかかっている音が基本であるという感覚だからである。ヨーロッパは前述のようにその辺の感覚も考え方も違うわけである。もちろん奏法的にはヴィヴラートはかけるのだが、それ以前にノンヴィヴラートでしっかりとした音程や音色などがあり、それからプラスアルファ―としてヴィヴラートが存在する。これは根本的には民族違いなので仕方のない話ではある。ヴィヴラートが基本の東洋人がノンヴィヴラートが基本の西洋人の音楽をやる時にどうすべきか、そこが難しいのである。結論を言うなら、より高いレベル、すなわち本物を目指すならば、西洋人の感覚を理解して変えた上で対応すべきである。あるいは、日本人であるから自分の感覚(都合)でやりたいと言うのであれば、そのままでいいと思う。どちらを選ぶかはその人の目指すレベルの違いであり、はっきり言ってしまえばその人がどう人生を送るかの話である。ただ、ヴィヴラートの感覚は西洋と東洋では明らかに違うので、その現実だけは知って頂ければと思う。とは言え、これはそもそも感覚の話。感覚は人それぞれ、民族によってそれぞれなわけであるが…。