Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

何かが違う

最近何人かの色んなタイプの指揮者を見ました。学生レベルからそれなりのプロまで、またマスタークラスのレッスンから公の公演まで。それらから色々なことを感じ色々なことを考えていましたが…。


近頃世界的に指揮者のレベルがどんどん落ちているように思います。最近の指揮者がやってることは何かが違うんです。いや、違って来てるんです。レッスンを見ていても、公演指揮を見ていても、本来やるべき音楽から段々外れて行っているような。


指揮者に限らず、全演奏家に共通していること、それは何より音楽が最重要ということ。これをやるために皆それぞれの手段(楽器や声など)で技術を学んでるわけです。目的はあくまで音楽を演奏するためであり、技術が一番大事なわけではありません。それが音楽にならなければ意味がないわけです。指揮に例えて言うなら、棒を振ることも、プレイヤー達をまとめることも、すべて音楽をするためのものであり、それそのものが目的ではないはずです。しかし多くの指揮者はこれらが最大の目的になっているのです。コンクールなどでもこの辺にしか視点がない。そもそもコンクールが多発し一見世界の指揮者のレベルが上がったかのように錯覚しているのは指揮者であり、実際はそれによりどんどん表面的になってきている、要するにレベルが落ちてきているわけです。近年そんなこんなでコンクールが多発し、また指揮マスタークラスもものすごい数になって来ました。つい数年前まではここまでではなかったのに、ここ数年で一気に…。


今はこれらが増え続けている状況なので分かりにくいですが、このまま行くと気が付いたら指揮者のレベルが落ちるどころか、全く違うものになっているように思います。もちろん今後それらがどうなっていくかは分かりませんが、このままだとそうなります。そして指揮者が違うものになると、音楽界全体もそれに比例するところが色々あるでしょう。一つ例を上げるなら、コンクール指揮者等がオペラの下積みなくいきなり劇場指揮者になってしまうがために、近頃は劇場指揮者の在り方、コレペティトアの在り方が昔とかなり変わってしまっています。このまま行くと、ヨーロッパのオペラのレベルまでもが落ちてしまいます。いや、すでにかなり落ちているように思います。


指揮者に限らず全ジャンルでコンクール多発の時代、これからどうなって行くのでしょう。そのうち多発し過ぎた結果、コンクールに通っても意味がないとなり別の道が模索されないかとも思いますが、日本では今のところ逆のようですねえ。ヨーロッパは基本的にはコンクールはそこまで興味持たれませんが、それでも増えて来て指揮者に就任する者はコンクール指揮者がメインになって来ております。これは世界のクラシック界の危機です。コンクール社会が廃れることを切に願ってしまいます。