Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

オペラ歌手の存在

オペラとは総合芸術であるため歌手多様な部署の色々な人種が共同作業を行う。その中で特に目立つ主要な柱が、音楽部門と舞台部門である。音楽部門は指揮者とオペラ歌手であり、舞台部門は演出家である。基本この3本柱が中心となり、その他は裏方スタッフという位置づけである。厳密には演出家も裏からスタッフと言えばそうだが、確かに舞台監督等は裏方と言って違和感はないが、演出家はその舞台部門のトップに君臨し、オペラ上演の視覚的部分の全責任が来る立場にあり、よって、最後まで演奏責任を持つ指揮者と同等な位置づけに近い立場とされているわけである。それゆえに、オペラのプログラムやメンバー表には、まず一番最初(上)に指揮者が書かれ、その次に演出家と言う風になっているわけである。とは言え、指揮者は確かにオペラの現場において最重要リーダーとは言えるものの、実際公演時はオーケストラピットの中に入り、音楽を管理しながらピット内のオーケストラと舞台上のオペラ歌手を合わせるという作業を行い、厳密には黒子とかなるわけである。要するに、本番を振る本指揮者も実はある意味音楽スタッフであり、本当の意味でオペラの舞台で主役をとなるのはオペラ歌手であろう。そのオペラ歌手を支える意味で指揮者も演出家も存在しているとも言える。


さて、その華やかな舞台でオペラを演奏するオペラ歌手であるが、劇場組織において一体どういう立場になっているのであろうか?表向きには前述の通り華やかな主役と言えよう。特に劇場専属歌手は、劇場が事務所なら歌手は所属アーティストである。芸能界的に言うならば、抱えている商品である。もちろん歌手同様専属指揮者らも劇場から雇われているわけで商品と言えるが、ただ指揮者の場合は管理職的立場になるため、所属アーティストとはいくらかキャラクターが違うわけである。やはり歌手が一番それにあたるわけである。それゆえに、雇う側である劇場のプロダクションからは結構酷使されることもある。聴衆からすると華やかである反面、劇場からするとやはり商品=労働者というわけで、オペラ歌手の社会的地位がどうかというと華やかさと駒的部分も両方があり、よほどの大歌手とならない限り決して地位が高いかと言うと色々難しい存在でもある。


歴史的に見てみると、元来オペラ歌手はこのようにヨーロッパのほとんどの街にある各劇場に使われ、そこで演奏により結果を出し知名度も上げ、出生して続けているわけで会った。特に戦後以降オペラ黄金時代では、オペラは指揮者が花形で、オペラ歌手は一部のスター歌手を省けばやはり小間使い的要素はあった。指揮者が花形と言うのは立場上言うまでもないところもあるが、特にその頃の時代は後に名を遺す歴史的な巨匠が多く存在した時代でもある。フルトヴェングラー、ヨッフム、カラヤン、ベーム、他。指揮者がオペラ界を作り上げリードした時代とも言える。そんな中、スター歌手であったパヴァロッテイ、ドミンゴ、カレーラスがのちに3大テノールとして一世を風靡した。これによりオペラ歌手の存在や尊厳が強く認められ、一気にオペラ歌手の立場が上がった。時間の流れ的に言うならば、3大テノールが世界的ヒットを飛ばしたのは、オペラ黄金時代の終わり近くであり、この黄金時代にはマリア・カラスらを始め、歴史的名歌手が多数存在した。実は指揮者同様、オペラ歌手にもスターが存在した。そして巨匠指揮者らが亡くなりオペラ黄金時代が終焉を迎えた頃に3大テノールが有名になり、改めてオペラ歌手というものが認められたと言える。


いま改めて思われるのが、このオペラ黄金時代は本当にオペラの音楽的質が高かったと言うこと。それだけのものを創り出せる指揮者がいて、それにより成長したスター歌手もいた。この時代が終わり、3大テノールの時代が終わった(パヴァオッティ死後)今、残念ながらオペラ界をリードすべく巨匠指揮者がいなくなり、また3大テノールに続くオペラ歌手もいなくなった。それだけが理由の全てかは分からないが、音楽レベルの低下により演出家が力を持ちその要素が表向きになって来た。演出が強くなるのはオペラの舞台部門の向上でありそれ自体はいいことであるが、しかしオペラの格になる音楽が落ちていては間もなくオペラではなくなる。極端に言えばオペラが音楽ではなく芝居化してしまうということである。オペラは音楽が支配しているわけで芝居もその流れの中行わねばならず、もし過剰に芝居化するとさらに演奏不能レベルに近づきオペラが壊れて別物になってしまう。下手すると今の傾向(演出≧音楽)がさらに進行すると、近いうちにオペラ黄金時代ならぬオペラ暗黒時代が到来するかもしれない。話を戻すと、真似をするわけではないが、いま改めて黄金時代のごとく音楽レベルの見直しが必要である。それにより指揮者だけではなく、オペラ歌手の存在もさらに上がり、それにより新たな今世紀の黄金時代の到来が導けるかもしれない。オペラ歌手、指揮者、コレペティトア、この人種は今の時代に飲まれずに頑張らねば行けない!


オペラ歌手は世界のオペラファンにとっては憧れの華やかなスターである。今後もそうあるべきである!しかしこのまま芝居化が進めば、それはオペラ歌手ではなく、下手したらオペラ役者になってしまうかもしれない。そうなってしまえばオペラは消え失せてしまうことになる。聴衆を魅了する演奏家であるオペラ歌手がまず歌感動を伝え、そしてそれに見合った演技をする、これが本来オペラのあるべき姿である。時代の流れと共に色々と状況は揺れるが、この伝統だけは変わっていない。オペラ歌手は役者ではなく、あくまで歌手である。黄金時代を超えるような音楽と、せっかく発展してきた演出の要素のいい部分(音楽を壊す要素は残念ながら増えてきている)がうまく融合できれば、かなりおもしろいことになるかもしれない!