Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

言葉の必要性

言うまでもなく、オペラ歌手にとっては言葉は必要である。言葉を扱う演奏家であるから、意味も分からず歌うと言うことはあり得ないし許されない。もしそうしたとしたら、それはただのカラオケで演奏でも芸術でもない。


しかし、自分の知る限り日本の一部の声楽家はこのことを知らなかったり否定したりする。恐らくそれは古いタイプでそこまでの教育を受けてないか、あるいは単に意識レベル等が極端低すぎるか、などであろう。そもそも言葉を直接使う声楽で言葉が必要ないという考えにはならないと思うのだが、不思議とそう言う人がいる。とは言え、声楽どころか音楽事態素人の一般人でも、「声楽は言葉を使う(歌う)わけだから言葉一番大事でしょ!」と言う人も実は結構いる。ゆえに、声楽を多少たりともかじっているいる人が言葉必要ない(関係ない)発言をするというのは単に大恥である。


コレペティトアの採用試験では、オペラのヴォーカルスコアの弾き語りがメインである。9割これで、後は劇場によってはピアノソナタ等の一部分や初見等があるが、一番大事とされるのは弾き語りである。言うまでもなく、言葉を扱う専門家の声楽家=オペラ歌手に指示を与えサポートするためである。


しかし大問題な例外もある。近頃オペラの下積み経験のないコンクール系指揮者がいきなり劇場指揮者になる時代になって来た。そういった指揮者は言葉の必要性を心得てない場合が多く、仮に心得ていたとしてもその意味ややり方を知らず、いい加減になったり、酷い場合は一切言葉を読まずにオペラを振っている者も少なくない。言葉がちゃんとはいっているか、どの程度読んでいるか読んでいないか、そういうのは見る人が見ればすぐに分かる。それに共演する歌手やプレイヤーは言葉を読んでない指揮者の場合明らかに即演奏が変わる。本来指揮者が言葉を読んでくることは当たり前というか必要不可欠であるが、そういった常識さえ覆って来ている時代かもしれない。


やはり本来あるべき姿は、多かれ少なかれ最低限度コレペティトア、もしくはアシスタントとしてオペラの現場にある程度の時間携わり下積み経験を積み、その後にぼちぼちオペラを指揮し始める、特にこれから時代改めて見直して実践すべき最重要事項である。そして当然オペラ歌手も、地道に言葉の理解につとめ続けるべきである。