Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

コレペティトアになる為の訓練

いかにしてコレペティトアになるのか。その訓練方法を具体的に書いていく。まずは練習等を始める前に、コレペティトアとはピアニストではなくピアノを弾くことが目的ではないということを分かって取りかかるべきである。そうでないと間もなくつまずいたり納得いかなかったりする。自分はオーストリア国立グラーツ芸術大学のオーケストラ指揮科・コレペティツィオン科の出身であるが、我がコレペティの師匠D教授は当時面白い表現をされていた。というのも、日本でコレペティの勉強をする友達がグラーツに遊びに来て自分のコレペティレッスンを聴講に来た時、その友達はD教授にインタビューをした。その時が以下の通り。


Q:日本にはコレペティというジャンルがまだまだ浸透してないが、実際には興味を持って勉強したい者も少なからずいる。ゆえに教育機関もなく指導者もほとんどいない状態で、勉強できない者もすでに少なからずいる。まずこの日本にコレペティがないという現状をどう思いますか?またそんな日本がどうあるべきとお考えですか?


A:まずは日本にコレペティが浸透してないことを非常に残念に思う。今日世界中に沢山の優秀なピアニストがいて、日本にも優秀なピアニストが多いことは存じている。しかしコレペティとはピアノを弾くことが大事なのではない。大事なのは、音楽的サポートであったり、練習の段階でのディクションやブレスなど実践的なアドヴァイスであったりで、それらはオペラを演奏し音楽を作っていく上での最重要要素。是非その辺を分かって多くの方々に学び実践して頂きたいと思う。


自分はこのD教授について4年間コレペティを学んだ。数本のオペラを通してオペラという音楽を学ぶことはもちろん、音楽全般、指揮者&コレペティトアとして必要なこと、さらには音楽家として人として生きていくことなど、本当に多くのことを教わった。そして上記のインタビューだが、その中でもコレペティとは何か、コレペティトアとはどうあるべきか、ということに関しての師匠の考えや思いが見事に凝縮された発言である。細かく説明すると色々長くなるが、要はまとめるとそういうことである。


というわけで、コレペティをするということについて具体的に書いていく。まず劇場である演目を行うとする。まずコレペティ稽古から始まり音楽を作り上げていく。仕上がった段階で舞台稽古。その後オーケストラが入りゲネプロを経てプレミエ(公演初日)となる。その後その演目で何公演かをシーズン中に行っていく。で、コレペティトアの仕事は主にこの最初の段階にある。もちろん舞台稽古に入ってからも練習で伴奏はするし、舞台稽古~ゲネプロの合間に必要があれば個人的もしくはセクションごとに個別にコレペティ稽古を追加対応することもあるであろう。が、基本的にはまず最初に舞台稽古に入るまでの音楽練習期間がメインと言えよう。一番最初だが、当然歌手も自分なりに準備してくるであろう。しかしそれにはやはり個人差もあり、また近現代の読譜自体が難しい作品や歌手が慣れない言語での歌唱の場合など、コレペティトアが対応することになる。そして、本番を振る指揮者のテンポや解釈を歌手に伝えながら音楽を作っていくのである。


これが劇場でのコレペティトアの業務となる。ここから分かるのが、まずコレペティトアがすべきこと。そこから当然それらをやるためにどういう訓練が必要になるかということを考えることができる。さすがにここまで来ると、ピアノを弾くことが大事ではなくて…の意味が充分お分かり頂けるであろう。舞台で演奏するわけではなく舞台裏で歌手にこのような対応をするトレーナやコーチなわけで、当然大事なことが何かは必然的に見えて来るであろう。ではその為に何を勉強すべきか?参考までに、自分が在籍していた頃のグラーツ芸大コレペティツィオン科のとあるゼメスターの科目を書き上げてみる。


― コレペティツィオン実技レッスン
― 指揮実技レッスン
― ピアノ実技レッスン
― チェンバロ実技レッスン
― スコアリーディング
― 副科声楽
― 副科弦楽器
― 合唱
― ソルフェージュ
― 音楽史
― イタリア語
― フランス語
― 劇場契約システム
― 古楽通奏低音実習


このような感じであった。1週間でこれだけ、これを半年間続ける。これは基本指揮科とほぼ同じ。グラーツ指揮科は指揮科の中で3つに分かれていて、オーケストラ指揮科、合唱指揮科、コレペティツィオン科となっている。自分はここでオーケストラ指揮科とコレペティツィオン科を同時専攻していた。オーケストラ指揮科とコレペティツィオン科の違いは、まずコレペティ実技レッスンは時間数が倍になる。オーケストラ指揮科が週1時間のところ週2時間になる。当然課題数も桁違いに増える。チェンバロ実技レッスンはコレペティツィオン科のみの科目である。これはチェンバロでの弾きぶりやレチタティーヴォセッコなどに対応するための基礎というわけである。語学は指揮科は全員イタリア語必須となるが、コレペティツィオン科だけがフランス語がプラスされる。ちなみにグラーツ芸大でフランス語を受けるのは声楽科とコレペティツィオン科だけである。その他の科は希望したら取れるのかもしれないが、少なくとも自分は自分以外に声楽科しか見なかった。その他の科目は全指揮科共通であった。


この中で、とりあえずコレペティツィオン実技レッスンにだけ触れる。このレッスンは個人レッスンで、基本永遠オペラヴォーカルスコアの弾き語りをする。どのオペラを課題にするかはその都度教授と話して決める。その中で教授は音楽的視点からそのオペラを指導すると同時に、ここでこういうブレスが必要だとか、ここはオーケストラが難しく歌手と合わせにくいから…と言った具合に、実践的指導がある。そしてディクションについてのアドヴァイスもある。後はピアノの弾き方だ。これがある意味一番特徴的かもしれない。何度も言うようだが、ピアノを弾くこと、すなわちピアノをうまく弾くことが求められるわけではない。大事なのは、歌手に稽古をつけ意味で必要な準備である。ここで言うピアノの弾き方は、どこを意識するか(テンポ&リズム)、その音を弾いてどの音を抜くかである。前者は歌手の為に非常に大事である。経験のある方ならお分かりかと思うが、練習開始段階の場合ほとんどの歌手がテンポやリズムに苦しむ傾向にある。ゆえに、例えば、左手を意識して強目&はっきり目に弾くとか、右手の装飾的なものをあえて省いて音程&テンポ&リズムを覚えるのに集中しやすくするとか、あるいは単純に右手は旋律を弾くなどがある。それから後者の音の抜く抜かないだが、これはオペラヴォーカルスコアを弾く上でものすごく重要であるが、ピアノ科出身の方が一番対応できない部分でもある。まずこれが大事な理由は、オペラヴォーカルスコアはオーケストラを無理やりピアノ譜にしている為よく演奏困難で、時には演奏不能にさえなる。それらを弾くだけでも大変な中、前述の歌手の為の弾き方をせねばならない。となると、簡単なところはともかく、抜けるところは抜いてという対応は必要不可欠である。ここで優秀なピアニストは「自分は弾ける、自信ある」と言って無理して弾いてしまうことが多い。しかしそれで無理して全部の音を拾った結果、確かに弾けてはいるがテンポが重くなって歌手の稽古どころではなく逆に歌いにくくなってしまうことがほとんどである。この場合、音を抜くことは大事なことであり、決してピアニストとしての恥でも何でもない。むしろその対応ができる者こそが真のコレペティトアであり、真の音楽家である。なぜなら、我々すべての音楽家共通の最大の目的は”音楽をする”ということである!そのためにコレペティトアとしてすべきことの一つがこれである。ちなみに、教授の考えた弾き方で「そう来たか!」、「そういう方法があったのか!」といった具合におもしろいこともよくあった!


まずはコレペティツィオンのレッスンの基本スタイルについて触れた。次回からさらに具体的にコレペティトアの訓練について書いていきたいと思う。



コレペティトアの役割と修行

コレペティトア=指揮者、ピアニストではない。となると、具体的に何をどうするのか、さらにはどうやって訓練してコレペティトアになるのかということである。


まずコレペティトアのやることを書き上げてみる。ここではヨーロッパの劇場での業務内容という視点で書く。


― 歌手の稽古(ソロ、アンサンブル、合唱)
― 舞台稽古(立ち稽古)
― オーケストラ内の鍵盤楽器の演奏(チェンバロ、チェレスタ、ピアノ等)
― 試験やオーディションでの伴奏(歌手やオーケストラの採用試験)
― 専属歌手の演奏会での伴奏(劇場による)


大体こんな感じである。まず一つ目、これがいわゆるコレペティである。ドイツ語では"Korrepetition"と言う。歌手個人に稽古をつけたり、数人のアンサンブル(重唱)の稽古をつけたり。このようにして、舞台稽古前(または指揮者が登場するまで)に音楽を仕上げるわけである。舞台稽古は日本のオペラ現場でもおなじみの光景である。この場合指揮者や音楽スタッフチーフ(ドイツ語圏ではStudienleiter、その他ではAssistant Conductorなど)が指揮し、演出家が演技をつけていく中での伴奏となる。オーケストラ内での鍵盤楽器、日本ではオーケストラが抱えているピアニストを抜擢する傾向が強いかもしれないが、ヨーロッパの場合は専属契約のあるコレペティトアが担当することが普通。試験やオーディションでの伴奏、日本では伴奏者同伴なども多いが、ヨーロッパの劇場では専らコレペティトアが担当する。専属歌手の演奏会、いわゆるドイツ語でいうLiederabendなどのことだが、これは劇場による。大劇場などプロジェクトの多いところになるとこういった業務が課せられる傾向にある。その場合はコレペティトアにもそれなりのピアニスティックが求められることになる。


これらの業務を劇場によって採用試験時や契約時に提示され、どういう業務内容のコレペティトアなのかが確認できる。というのも、大劇場になればなるほと指揮者もコレペティトアも人数が多いため、コレペティトアの中でも業務が分かれる。例えば、ひたすら歌手の稽古と舞台稽古ばかりの者、オーケストラ内での鍵盤楽器を担当するかしないか、専属歌手の演奏会で伴奏するかしないかなど。それにより採用試験時の課題から契約後の給料までにいくらか違いが出る。名前としては、Korrepetitorの他に、Repetitor、Solorepetitorなどもある。またそれら音楽スタッフチームのチーフ(まとめ役)としてSudienleiterという役職があり、コレペティ以外に練習のスケジューリングやコレペティトアの配置などを行う。さらに、劇場によってはコレペティトアと指揮者を兼任することもよくある。どの程度の指揮(公演、舞台裏の合唱、練習など)をするのかはその時々の契約次第。名前としては、Korrepetitor mit Dirigierverpflichtung、Solorrepetitor mit Dirigierverpflichtungなどがあり、あるいは逆に専属指揮者でありながらコレペティも担当するという、Kapellmeister mit Korrepetitionsverpflichtungなどもある。この"mit Dirigierverpflichtung"というのは、指揮することも課せられるという意味、Kapellmeisterは劇場専属指揮者のこと。


さて、これで大体コレペティトアの業務内容がお分かり頂けたかと思うが、この役職に就くのに必要な訓練を書いて行きたい。早い話が指揮科の訓練に同じなのだが、より具体的に説明したい。


メインになるのは、やはり歌手に稽古をつけること。これは歌手との伴奏合わせとは違う。日本でコレペティトアと伴奏者をごっちゃにしてしまわれてる方は、恐らくこの区別がついていないのだと思う。伴奏合わせは、予めそれぞれ準備してきた歌手と伴奏者がその演奏(公演)の為に音楽についての打ち合わせをする作業であるが、コレペティトアのやることは、歌手にそのオペラ(その役)をやる為の音楽の準備段階から完成に至るまで付き合うトレーナーやコーチである。したがって、歌手との練習では専ら指揮者同様楽譜、曲の解釈、言葉などあらゆる方面から指示を送りサポートしていく。ゆえに、まずコレペティトアの訓練として必須なのは、指揮者同様の曲の理解、オペラに必要な言葉(ドイツ語、イタリア語、フランス語など)のディクションである。そこにもちろん指揮者並みの練習のテクニックが必要となる。そして経験のある方ならご存知かと思うが、オーケストラスコアを無理やりピアノの楽譜に書き換えた、時には極めて弾きにくいオペラのヴォーカルスコアを弾くことである。はっきり言ってこれは優秀な演奏者としてのピアニストでも弾きにくい、あるいは演奏不可能なレベルのことが多い。それをどう弾くかが大事であり難しいのである。ピアニストの方は当たり前な話だが、通常楽譜にある音を全て弾き、それが困難な難所は技術的工夫などにより取り組んでいくわけであるが、コレペティトアはそこで大事な音(和音構成、テンポ&リズムなど)を拾い複雑な音などを削り効率よく弾いていく必要がある。なぜなら、コレペティトアの目的はピアノを弾くことではなく歌手に稽古をつけることである。ゆえに、全てにおいて歌手をサポートするために対応せねばならない。しかしピアニスト的発想では、恐らくこの説明でこの意味を理解はされると思うが、何だかんだ言いながらやはり全部の音を弾ければそれに越したことはないし、ピアノはうまい方がいいに決まってると心のどこかで思ってしまうものである。しかし、この切り替えこそがある一番大事である。そのピアニストの本能的な部分がコレペティをする時に一番問題になるのである。


というわけで、次回からその”切り替え”も踏まえてさらにコレペティの勉強の仕方をできるだけ具体的に説明していきたいと思う。


コレペティトアとピアニストの違い

コレペティトアはどの街にもオペラ劇場があるヨーロッパでは必要不可欠、というよりむしろごくごく普通に当たり前に存在して来た職種である。しかしオペラ劇場が文化ではない日本では存在しなかった職種である。当然音楽業界においても仕事としては需要も供給もなかったと言える。もちろん今その職種の存在を知ってしまうと当然いた方がいい、いて欲しいとなるわけではあるが、しばらく前までは職業的には残念ながら必要なかったと言えよう。


その為、ヨーロッパ、とくにドイツ語圏の音楽大学の多くにはコレペティトアを養成する科がある。これは正確には指揮科である。さらに言うならば、指揮科の中にコレペティ科が存在しているところもある。元々ヨーロッパでは、指揮者はまずオペラ劇場でコレペティトアとして長年修行し、後に指揮者に成長or昇格して行く、というのが伝統である。近年は日本同様ヨーロッパも指揮者コンクールが増えて来て、コンクール上位入賞したシンフォニー指揮者がいきなり劇場デビュー&契約ということも残念ながら増えて来た。この辺に関しては色々あるのでまた機会を改めて書くとして、元来指揮者とはオペラ劇場での長い下積みを経て正指揮者になるのが伝統であった。言いかえるならば、オペラを振れる者こそが指揮者である。コレペティトアとはそこへ到達するための最重要ポストであり修行である。


ここまで書くとコレペティトア=指揮者というこがよくお分かりいただけると思う。が、しかしおもしろいのがWikipediaの表現である。ドイツ語で"Korrepetitor"と検索して出て来るドイツ語のページには"wie ein Dirigent"という説明ある。指揮者のごとく、指揮者と同様に、という風に理解して頂ければいいと思う。しかし日本語で”コレペティートル”と検索して出て来る日本語のページには”オペラ歌手やバレエダンサーに音楽稽古をつけるピアニスト”とある。これは、単にピアノを弾く人、という意味で書いたのならば普通かもしれないが、演奏者もしくはピアノ科出身者のピアニストのジャンルとして書いたのであれば真逆である。前述の通りコレペティというジャンルが存在しなくてかなり後になって認知されて来た歴史ゆえに、ピアノを弾くのだからピアニストと思われても仕方ないだろうし、伴奏者とコレペティトアの区別が不明確なままであった。日本ではまずオペラの現場におけるコレペティトアと練習ピアニストの違いも認識が明確ではない。この辺は今後のオペラ界の為にもそろそろ是非正確な知識で持って理解されるべきだと思う。


これまでに何度かコレペティに関するワークショップやマスタークラス等を国内外にてやらせて頂き、何人かのピアニスト(ピアノ科出身者、および伴奏ピアニスト)がコレペティを学びに来られた。皆優秀な演奏者で積極的で自分としてもとても楽しい時間であったわけだが、しかし皆に共通していたことがあった。それは、自分のやりたいこととは違ったということである。どういうことかと言うと、来られた皆さんはピアニスト=ピアノの演奏者で、自分は指揮者である。違いはこれである!前述の通りコレペティトアと伴奏者の区別があいまいだったせいもあり、多くの方々がコレペティトアをピアニストのジャンルと考えられていた。が、実際は完全に指揮者だったということである。やはりピアニストの方々はピアノの演奏をされたいわけで、コレペティトアとはピアノを使って”歌手に稽古をつける”という作業がメインであり、大事なのはピアノを弾くという作業ではない。


もちろん、伴奏者として成長していく過程でコレペティの勉強をすることはすごくプラスであり、そういう意味で興味を持ってこられる方々へは是非力にならせて頂きたいと思う。しかし、純粋に正真正銘のコレペティトアの修行するということは、ピアニストの方々のされてきた勉強とは全く違っている。学科的に言うならば指揮科を出た者、またはそれと同等の訓練を受けて来た者が内容的には自然と言える。


とは言え、ピアニストの方でも決してコレペティトアになれないわけではない!意欲のある方がちゃんとその訓練を行えばもちろん可能である。その場合、ピアノを弾く(技術)ということに関してはコレペティトアとしてはかなり充分すぎるぐらいである!しかし、切り替えが必要である。これがピアニストの方がコレペティトアを志す上で一番むずかしいことである。その辺につてはまた次回にw