Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

一目瞭然

最近ドイツの某劇場歌手2名に対してコレペティをする機会があった。いずれも若手歌手で、経験値こそそこまでではないが、しかしこれからが楽しみな優秀な人材であった。彼らと一瞬ではあったかもしれないが、コレペティという形で音楽をすることができ、自分にとっても刺激のあるいい経験になった。


ところで、今に始まった問題ではないが、こんな時にいつも思うことがある。いや、改めて考えさせられると言った方がいいであろう。日本の歌手と比べて一目瞭然、即明らかな違いが分かることが一つある。それは、日本の歌手は演技を軸に作ろうとしているのに対して、ヨーロッパの歌手は音楽を軸に作ろうとしていることである。コレペティなので動く必要はないわけだが、それでもテンションが上がって動く歌手は意外に少なくない。例えば、先日の劇場歌手の1人(ソプラノ)もや演技派で、一時軽く動き出した瞬間もあった。日本の歌手にも音楽練習時から派手に動き、自分の演技に音楽を添えるという明らかに演技で作ろうとするタイプが非常に多い。しかし、ヨーロッパの歌手というのは、一部の低レベルを省き、演技はな性格であっても必ずまずは音楽から作ると言うことである。このコレペティで動き出すというのは、演技で作ろうというのではなく、あくまで音楽でやろうとしていることへのプラスアルファ―であり、よりイメージを明確化するための方法の一つに過ぎない。コレペティでのその部分を一瞬見るだけで、日本とヨーロッパ歌手のそういった違いが即理解できる。これはいつどこでやっても毎回感じることである。


今日から東京で来月本番のこもりの練習が開始する。演奏会形式、さらに言うならばガラコンサート的設定であるので、演技ではなく音楽だけで作る企画である。自分が振る限り、やはり自分の経験や能力で以って貢献できなければ意味がない。その為にも、上記のヨーロッパのオーソドックスなやり方をできるだけ伝え実践することで本場の者を伝える、これが日本で自分ができる唯一のことであろう。正直、自分の為だけを考えるならこんなやり方はしなくてもいいのかもしれないが、仲間の為、公演の為、世のなかの為を考えれば、演奏会形式で自分が周りの為に貢献できる設定をするのは大事なことである。今回、どこまで行けるか…。


指揮の基礎技術

まじめなタイトルだが、大して高度な内容ではない。今数回にわたって初心者に指揮のレッスンをしているが、当然最初歩の基礎ということになり。自分が指揮レッスンをする時、最初の何回かは基本的な振り方を教える。とは言っても、自分には指揮法=メソードはない。日本の指揮教育は半世紀ぐらい前から、桐朋の斎藤指揮法か芸大のものか、だった。自分はそういうのではないが、かつて留学時代のとあるやり方にて教えている。


簡単に紹介すると、最初は基本的な動きをやった後、リズム課題をやる。簡単なリズムからやや難しいところまで、それで音を出す時、出さない時、伸ばす時などの振り方を練習していく。これらを一通りやると、実は最低限度の技術は結構充分で、後は実践で経験あるのみとなって行く。


今日はその初心者のレッスンの3回目だった。まじめに取り組んでくれているおかげで、今日はそれなりに進んでいる。もちろん現時点でのレベルだが、しかし着実に成長してきている。指揮でもコレペティでもそうだが、やはりまず最初のそれが全てである。そこで間違えてはどうしようもない。ちなみにその初心者の方は、弦楽合奏を指導することになり、改めて指揮をしっかり訓練したいと言うことで来た。難曲はまだまだ先でも、この調子で行くと、そう遠くないうちにある程度は対応できると思う。是非、いい弦楽指導者になってもらいたいと思う。


日本化について

外から入って来たものは大抵は日本化している、というよりさせられている。スポーツも芸術も、日本人の好みと特徴に合わせそうなっている。これにはいい部分もあるが、悪い部分もある。特に我々の西洋音楽は西洋の伝統と歴史なので、日本化させると全く違ったものになってしまう。たとえばスポーツなどは時代と共に傾向が変わるところがあるため、その時々で自分達はどうするかというのが必要だが、しかし西洋音楽は昔のものであり、我々は再現芸術家である。やはり本物に謙虚な姿勢を崩すべきではない。


というわけで、このブログのネタである”コレペティトア”についてである。ここでも何度か書いて来たように、日本にはまだ認識が弱いジャンルであり確立もされていない。とりあえずこれは確かである。なぜなら、ヨーロッパのような劇場がないから、確立のしようがない。ゆえに、これから1から作って行けるとも言える、と思っていたのだが…。最近意外とそうでもない傾向があることを知った。どういうことかと言うと、確立されてないだけに正しい知識がなく、コレペティトアはピアノを弾くからピアニストと単純に考えられていたわけだが、これは確かに間違えだが、しかしある部分ではそれがスタイルとなりつつあるようである。ここに日本化がすでにみられるという現実がある。


そして、名称だが。ここではいつも”コレペティトア”と書いている。ドイツ語の正しい発音をもとに、日本語でどう表記すると一番正確かと考えて結果こうなった。実際、ヨーロッパで経験のある者はほとんどこう言っている。しかし、実は色々な言われ方がある。コレペティトール、コレペティートル、コレペティトゥア、などなど。結論から言うと、正しいドイツ語基準では全部間違っている。まずは日本人のドイツ語の発音に対する意識と知識が原因であろう。そしてここには実は日本化が見える。要するに、これらは全て日本語発音である。具体的に、コレペティまでは皆同じだが、問題はその後である。まず語尾がルとなるのは完全なる日本語発音である。確かに現地人も歌う時等の舞台発音ではそう発音することもあるが、普段はそうではない。またそうでなくとも、トーア、トーアーと語尾を書く者も稀にいる。これも完全なる日本語発音である。単にカタカナで書くことに無理があるので仕方ない部分もあるが、しかしドイツ語の発音をちゃんと分かっている者はこうは書かないし書けない。そして、トゥアというのはドイツ語ではなくフランス語を意識したものと思われる。上記以外にもいくつかの言われ方があるが、中には発音記号を調べた者もいるであろうが、しかしせっかく確かな辞書等でそうしたところで日本語発音で考え、読み、書いてしまえば、結果何の意味もなくなる。話を日本化に戻すと、中には正確にやろうとしたが日本語発音が抜けず気づかずそうなって残念な場合もあるかもしれないが、何となく多くの場合、日本語発音にしようとしている、そうしたい、という思いが見えることもよくある。言葉の問題はある意味仕方ないのかもしれないが、1つ言えるのは、もしそのカタカナを読んで、果たして現地人に通じるのかということである。”コレペティトア”とする場合、経験上これはよほど発音の悪いセンスのない者じゃない限りよく通じているが、それ以外は話す人によっても差はあるが通じない場合が多いと思われる。個人的に思うのが、こういうところで意地を張っても仕方ないので、日本語発音ではなくできるだけ謙虚に正確な発音を意識すればいいわけである。ましてや、コレペティトアを目指すのであればなおさら。自分の職業も正確に発音できないのは問題である。そして自分の職業を間違って発音してしまっては恥ずかしい。さらに、完全なる日本化発音でコレペティ…と自称してる方は、間違えなく上記の通りやり方も全て日本化している。


確かに国内だけで活動するならば、日本化コレペティ…の方がいいのかもしれないが、それでは現地で通用しない。どちらを選ぶか、それは本人次第である。自分は本場スタイルを選び、学び、実践している。同じ方面を目指す方にできることがあれば惜しまず協力したい。今の日本で調べられる範囲のコレペティトアのネタ、自分は全く見ないが、ネット上に若干出ている程度らしい。しかし残念ながら正確なものがないらしい。と言うより、公に出版されているものが正しいかと言うとそうでもない。特にコレペティトアに関しては、ただでさえ日本では正確な情報がなく間違った情報が多いわけで、ネット等を信用する方が危険である。本当に正確に知りたければ、頑張ってドイツ語で探すか、確かなプロ(日本にはほぼ存在しないが)に聞くことである。知人から聞くところによると、わずかにあるネット上のコレペティトアの情報は、自分や自分の仲間が言うこととやっていることとはかなりかけ離れていることが多いとのこと。ややはり日本化であろう。