Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

自称コレペティトア

決して差別するわけでも人を見下げるわけでもないということをあえて前置きしておくが…。


日本には自称コレペティトアが意外とそれなりに存在しているようです。もちろん、コレペティトアも指揮者も、基本的には自称な職種である。例えば〇〇劇場コレペティトア、〇〇管弦楽団指揮者、などのポストがあれば尚いいが、これはあくまでどこかしらの団体と契約した所属アーティストであり、それがあってもなくてもコレペティトアとして、指揮者として仕事をしていれば明らかにそうである。


しかし、あえて自称と書くのは、実際には違うことをやっているのに名乗ってしまっている人が結構多いからである。要するに、コレペティトアではないのにコレペティトアと名乗っている人ということである。そもそも正しい情報もなく、というより間違った情報が出回っている日本ではそれも無理ないのかもしれないが。それに、ヨーロッパで言うコレペティトアはやはりオペラ劇場あっての役職であり存在なわけで、それがない日本では確かに需要も供給もなく、いわゆる正しい存在としてのコレペティトアは必要ないと言ってしまえばそれまでとも言える。根本的にオペラそのものがヨーロッパのそれとは全然違うもの=日本化しているわけで、それに比例してコレペティトアも日本化したと考えれば確かにそうである。


それはそれで現在の日本のやり方なのである意味仕方のないことである。日本の中でコレペティトアとしてやって行きたいと言うのであれば、その中に対応する方がいいであろう。ただ忘れてはならないのは、今日の日本におけるコレペティトアとは、あくまで名前は知られて来ただけで明らかに未確立分野ということである。それゆえに、確かに日本化したコレペティトアが確立されえいればそれまでかもしれないが、そうではない。ヨーロッパで学び劇場かそれに準ずる経験を指定限度した上で帰国した人はごくわずかだが存在し、彼らは間違えなくコレペティトアである。しかしそのレベルに到達していない者、それこそがプロとして確立されていない自称コレペティトア、すなわち違うことをやってる名前だけのコレペティトアというわけである。残念ながらこのケースは非常に多い。悲しいことに、最低限度の経験(ヨーロッパ留学や劇場等)なしに過剰に名乗っている者は明らかにそうである。とは言え、ある意味そういった人たちが日本化コレペティトアを確立しつつあるレベルにある今日この頃かもしれない。これ以降のことは、というよりこの方向の全ては、自分たちにとっては全く別ジャンルなのでよく分からないが。


一つ言えることは、確かに前記の通り日本化コレペティトアを目指したい方はそれはそれでいいのかもしれないが、確立されていないジャンルということも踏まえて、まずは謙虚に本物を学んでみるのはどうか?と思う。やはり基本は大切である。結局のところコレペティトアは自称かもしれないが、悪い意味の自称ではなく、確かなプロとしての自称になりたいのであれば、少なくともまずは謙虚に本物を学ぶことが何より必要ということだけは確かである。