Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

メカニックとは

音楽の世界には、音楽的(感覚的)とメカニック(理論&技術的)とがあるように思う。これらはやはり人間である演奏家の性格などによって決まって来るものだと思うが、しかし線引きが難しい部分もある。基本的には皆音楽をしようとしているわけである。その上でより感覚的か技術&理論的かというわけだと思われるが、何がどうそうであればそうなるのかということである。単純に、メカニックでなければある意味音楽的なタイプかそれ寄りになるのかもしれないが、ではメカニックとは何かである。


まず前記の通り、技術的、あるいは理論的な場合である。言葉からメカニックなイメージがすでにするかもしれない。理論的なタイプの演奏家は、音楽の理解から解釈まで全てを理論的に考える、言わば数学的、幾何学的なタイプと言えよう。日本では音楽は数学だと言う者がかなり多くてびっくりするのだが、ヨーロッパではこれははっきり言って真逆である。ある名指揮者は「音楽は100%数学ではない」と言い切る。また自分が留学時代に指揮科友人にあえてこの話をしたところ、何を馬鹿なことを言ってるのかと言わんばかりに笑われた。これはヨーロッパではごく自然なことである。話を戻して、これはその人の性格やタイプの話であって、程度は違えど世界中にこのタイプは存在する。そして感覚的タイプは、フィーリングや音色等、あるいは音楽の物語や歌詞の内容等からイメージを膨らませる要素が多いであろう。それを楽譜から読み取るわけである。


例えば、楽譜に向かう時である。最初は皆同じものを手にして読み始めるわけであるが、ここからがその両者によって結構違って来る。音楽理論等から考えて読む、歌詞の内容等からドラマを考え始める、など。また演奏においても、メカニックな場合は機能的観点からアプローチする傾向が強いので、縦合わせを筆頭に形から入る要素が多くなる。要するに技術先行やソルフェージュ重視的になりやすい。感覚的な場合はフレージングや音色や呼吸等を重視する傾向が強いかもしれない。これはほんの一例に過ぎないが、あげればキリがない。実際に演奏活動されてる方なら色々なことが思い浮かぶであろう。


これらは基本人間の性格的なものなので、人それぞれのいい部分をうまく使えばいい方向に行くことは確かである。しかし、いずれのタイプであろうと忘れてはいけないことがある。我々の目的はあくまで音楽をすることである。本来音楽と言う目に見えない形のないものを、楽譜を通じて理解&解釈して演奏する、形はないがあたかも形があるかのようにする=演奏する、これが演奏家の仕事である。その為の方法や手段としてであればいいが、よく形を作ることが最大の目標になっている場合がある。それはやはりメカニックなタイプの方に多い。決してそういうタイプの方を否定するわけではないし、そういう要素が必要な場面もよくあるが、しかし特に西洋音楽の文化&伝統がない日本人らを筆頭に気をつけねばならないことである。元々西洋音楽の中身を持たない我々が形から入れば、それは中身がない=日本人のもの、にしかならず、西洋音楽にはなれないのである。また別の視点で、声楽家で言うならば、声を出すことが一番大事(発声の技術が一番大事)となると、声を出すことが最大の目的になる。同様に器楽奏者ならば楽器の技術(超絶技巧)で指を回すことなどが、指揮者ならば(自分が)棒を振ること=オケの縦を合わせることが、などなど。これらは過程の中では必要なことではあるが、あくまで音楽をするための手段の一つに過ぎない。このことを決して忘れてはいけない。そのポイントを押さえた上で、それぞれのタイプの者がどうすべきか、考える必要があると思う。


声楽家の場合は、傾向としてメカニックなタイプは他よりは少ないかもしれない。しかし前記の発声技術に固執するタイプは多い。また演奏はメカニックではなくても、考え方がメカニックな場合もよくある。例えば、やり方等でこれはこうすべきと習ったからこうだと思いこんだり、自分の声の適役を間違って思い込んでいたり。こういうのは声楽家に多い。ちなみに声の適役とは国や地域によってかなり違いがある。これは長い話なので機会を改める。話を戻して、メカニックとは何も楽譜や演奏に対してだけでなく色々な局面で登場する。


一方では、声楽家は演奏上は確かに他の演奏家よりはメカニックが少ないのも事実である。やはりテンポ、リズム、音程が残念ながら弱い傾向にあるためであるが、それゆえにコレペティトアには歌手のそれらを修正すべく業務が常に課せられる。確かにそれができるのはコレペティトアだけであるし必要不可欠である。しかしさらにそれゆえに、コレペティトアや指揮者にはメカニックな者がものすごく多いわけである。もちろん理由はこれだけではないが、しかし今日多くのオペラ劇場等で過剰にメカニックな指揮者&コレペティトア=機械的で声楽の理解に乏しい者、が非常に多い。これはオペラという音楽を壊すことになり、さらには1~2プロジェクトならともかく長期的にそれが行われた場合、声楽家の将来を潰してしまう。声楽家の弱い部分を補おうとした結果良くも悪くもである。実際に最近はよく起こっていることでもある。


オペラだけの問題ではないかもしれないが、特にオペラの場合はまずコレペティトアが声楽家と長く接するわけである。そういった問題から声楽家を救える可能性を一番持っている人種と言えよう。声楽家にも当然いい部分は沢山あるし、それらをもっと生かせる者が必要である。指揮者も同様ではあるが、その辺を理解し実践できるコレペティトアこそが今の時代、これからの未来に必要である!