Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

採用試験の課題

劇場のコレペティトアの採用試験の課題とは定番があり決まっている。国によりその傾向は違うが、そのれぞれの国や地域では大体同じ傾向にあり、その中で何が設定されるかといった感じである。


ドイツ語圏の劇場の採用試験課題を例にあげてみる。


まず100%来るのはW.A.モーツァルト”フィガロの結婚”Ⅱ幕フィナーレである。何においてもまずはこれで様子を見るところから始まる。当然劇場指揮者&コレペティトアを目指す者はまずこれからコレペティの準備を開始する。で、この20分以上にもなろうかという長いフィナーレだが、実際に試験で弾き語りさせられる箇所は決まり切っている。定番は始めの伯爵と伯爵夫人のシーン、アントニオ登場のシーン、この2箇所が一番出る。特にアントニオ登場は出ないことはない。始めの箇所は場合によっては言われないこともある。それから最後のマルチェリーナらが出て来るところ、稀に中盤のフィガロ登場箇所も言われることもある。


それから、G.ビゼー”カルメン”Ⅱ幕クィンテットもよく出る。これはとにかく弾きにくく、それでいて5声部もあるパートをメインな部分を歌いつないでいくという重唱弾き語りの基礎的要素も審査される。これをスムーズに弾き語るのは決して簡単ではないが、それだけに弾き語り(コレペティ)の基礎能力がよく分かるいい課題である。


そしてR.シュトラウスもかなりの確率で出る。これは通常、"薔薇の騎士”Ⅰ幕冒頭~歌が始まって間もなく、”サロメ”Judenquintett、”エレクトラ”Maegdeszene、この3つから選択となる。受験者はこの中からやりたいやつを選び準備する。ちなみに自分はいつも”サロメ”を選択している。ここで審査されること、まず言うまでもなくR.シュトラウスのこれらの難所はピアノが演奏不可能レベルと言っても過言ではない。とにかく音も多く、テンポも早めが多く、ヴォーカルスコア特有の指が届くわけない音符=オーケストラを無理やりピアノ譜にした、コレペティトアの作業としてハイレベルな課題である。前述の2曲が比較的基礎レベルなら、これは応用レベルと言えよう。とは言え大劇場ともなるとR.シュトラウスやそれに似た大規模作品は毎シーズンのように取り上げられるので、この能力はそのまま仕事になる。ある意味この課題で、その劇場で充分使えるかどうか、対応できるかどうかの最終的選考と言える。


その他、G.プッチーニ”ラ・ボエーム”のⅠ幕冒頭から、Ⅲ幕フィナーレ、Ⅳ幕頭からムゼッタ登場までなどもちょくちょく課題になる。後はその時その劇場が次のシーズンで取り上げる演目から難しい箇所を引っ張ることもある。長定番課題とは大体そんなところであろう。劇場を目指す指揮者&コレペティトアは常にこの程度の課題はいつでも対応できるように準備しているものである。


採用試験では、この他に課せられる課題として、初見がある。初見演奏が困難な箇所、初見能力がよく分かる箇所を何かしらのオペラから引っ張って来ることが普通である。しかし、初見の試験は通常招待状が来た時点で課題一覧に書かれてはいるものの、実際に試験会場へ行くとないこともよくある。劇場の上演演目は新シーズンの約半年ぐらい前からぼちぼち分かりだす為、劇場に入ってしまえば準備期間がないわけではないので、初見能力はそこまで重要視されないこともある。もちろん大劇場で演目数の多い劇場ともなると、かなりの数の演目を担当する場合があり、その場合すべての演目を充分に練習できないこともあるだろう。となると初見能力はあった方がいいということになる。この辺は劇場次第である。


初見の他にあるのは、ベートーヴェンのピアノソナタ1楽章などピアノ曲を1曲課題にする劇場もある。傾向として比較的規模の大きい劇場に多いと思う。理由は、劇場歌手がリートなどの演奏会をする場合に伴奏させようという狙いがある。またオーケストラで鍵盤楽器を担当するという狙いもある。単にコレペティだけするのであればピアノの技術は必要ないかもしれないが、これらの場合はやはり人前での演奏になるので最低限度ピアノのクォリティーが求められる。


もう一つあるのは、劇場専属歌手あるいは同劇場オペラスタジオ歌手に対してコレペティ実践をさせる試験もある。大劇場に多いが、小さい劇場でもありえる。時間にして短いが、実践的試験なため、受験者の対応力が丸わかりで、さらには採用後実際にコレペティされる側の歌手から生の反応が聞けるため、より厳しい試験と言えよう。歌手との作業が得意タイプの者は逆にこの試験には強いかもしれないが、声楽に対して弱いタイプの者にとっては過酷かもしれない。しかし世の中変なもので、指揮者&コレペティトアはほとんどの場合声楽に弱く器楽的(オーケストラ側)位置にいるものである。ゆえに審査する方もされる方もこのタイプならば、もし歌手の意見が反映しない劇場だったなら声楽をよく知る受験者が一気に不利になってしまう。残念ながらこういう現実は日常茶飯事である。


劇場の採用試験はこのような内容で行われる。一部の例外を省くと、ドイツ語圏の劇場ではこれらを結構短時間で審査し判断することが多く、短い時は1人あたり約10~15分以内で終わってしまう。試験課題の設定は、劇場がその時どの役職でそういう人材を求めるかによって決まる。ゆえに各劇場それぞれのキャラクターがある。その辺はよほど知り合いがいるかではない限り、採用試験を受けに行ってみないと分からない。その為、行っては見たが全然キャラクターが合わず論外となることもよくある。反面、キャラクターがぴったりで簡単に受かってしまうこともある。まあ確率的に受かることの方が当然はるかに少ないのであるが、しかし劇場採用試験とは、指揮やコレペティに限らず全てそう。決してうまいやつを探しているわけではない。もちろん下手過ぎては困るものの、一番重要なのは劇場がその時求めるのがどういうタイプかである。例えば、今回は強い声の歌手が欲しいとなった場合、どんなにうまい歌手でも求められるほどの強い声でなければ、その歌手より技術は少し劣っても求めてた声の歌手が採用されるであろう。このように、最後はキャラクターが合うかどうか、要するに相性、縁である。要は出会いだが、そういった運も大事な世界である。劇場入りを求め続けるのであれば、自分にできる最大限をやりつつ、その出会いが来ることを信じて続けるしかないのである。