Der Korrepetitor

オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ

長母音

オペラにおいて発音は永遠付き合うものである!残念ながら日本人はこの発音に滅法弱い。何とか読み方を間違えずにやろうとはしているが、実際間違ったままのものも多く、そもそもほとんどが日本人の耳にとって聴こえやすい範囲でやっている。要するに、日本語風な発音というわけである。確かに我々には現地のネイティヴなものは極めて聞き取りにくい。もちろんどんな人種でもそれぞれの訛りになたりすることはある程度仕方ないが、しかし中には実践できている人もいる。とは言え、アルファベットを使わない我々アジア人にはかなりのリスクがあり、それに直面せず避けて通ってしまっているのも現実である。


そんな発音の問題は多いわけだが、一つ有名な例を上げる。長母音である。ヨーロッパの言語には長母音と短母音があるが、日本語にはそれと同じものがない。それゆえにどういう問題が起きるか、具体例を上げる。


例えばドイツ語でChor(合唱)という単語がある。正確な発音を無理やり書くと「コーア」であるが、多くの日本人はこれを「コアー」と読む。さらには日本語化して「コール」と読んだり書いたりすることも多いが、これはKorrepetitorのtorをトールと言うのと同じで、完璧な間違えである。それはさておき、「コアー」であるが、ここにも日本人の癖が出ている。個人的には正確な理由は分からないが、傾向として日本人は後押しの発音になるところがある。さらに長母音という認識がない為、Chorと書かれると何のためらいもなく「コアー」と読んでしまい、それを正しいドイツ語の発音と思い込んでいる場合が多い。


ここまでなら単に日本人に都合と思えば理由は理解できなくはないが、ここからがさらに謎なことがある。日本在住でドイツ語の知識や会話力のない者がこうなるのは仕方ないとして、ドイツ語圏に留学している在住者の多くがこうなっていることが極めて多いというのがものすごく謎である。なぜなら、現地人は皆確実に「コーア」と発音していて、その現地人と会話をしてよく聞いているにも関わらず治らないのはなぜか。管上げられる理由は主に二つ、まずはミミが悪く聞こえていない場合、音楽家として致命的である。もう一つは原因不明の妙なこだわりからどうしてもそう読みたいか、性格的問題は日本語へのこだわりか。そのほかの理由があればむしろ教えて欲しいぐらいだが、実例が目の前に普通にあるのに治らないというのは正直謎である。またそういう人たちはそれを正しいと過剰に強調する者も少なくない。そういうレベルのやつらは無視しておけと言われればそれまでかもしれないが、しかしなぜそうなるのかが気になってしまう。


少し話はそれるが、根本的に考えられることが一つある。まず日本人は発音にに関して極めて興味がなく鈍い。そもそも島国なため言葉やコミュニケーションの重要性と必要性への認識が極めて弱い人種ということもあるのかもしれないが、とにかく音楽的に見るならば発音に対してものすごく無頓着である。これは直接音楽的レベルにつながることである。それゆえに、興味がないゆえに、上記のようになっているのかもしれない。


続けてChorのような例をもういくつか上げてみる。


Hof → ホーフ → ホフ
Atem → アーテム → アテム
Suk → スーク → スク


これは原語→正しい読み方→間違った日本人の読み方である。


Hofはドイツ語で宮廷、もしくは中庭の意味。この場合oが長母音となり長く伸びるため、ホーフとなる。oには時に何も書かれていないが、ドイツ語ではどの母音が長か短かを覚えなければならない。ある程度慣れてくればそのドイツ語の発音の感覚が感覚的に分かって来る。そうなれば問題はないが、しかしこれも強調するかのごとくホフと発音し続けるものもいる。続いてAtemだが、呼吸の意味。最初に来るAが長母音なのでアーテムとなるが、これまたアテムと読む者が多い。


次はチェコの作曲家スークである。チェコ語の場合、基本的には伸ばす音の文字の上に「’」や「◦」が付き、そうでない音はそのまま読むというのが規則である。ゆえに日本人でチェコ語にこだわっている人のほとんどはこれをその規則に従って「スク」と発音している。しかし、現地人の発音を聴くと明らかに「スーク」と発音している。前述のように表記上分かりやすいチェコ語ではあるが、しかし表記だけでは読み取れない代々されている発音、すなわちヨーロッパ語的フレージングというのがどの言葉にもそれぞれ存在する。この場合も、書かれてはいないが「スーク」と伸ばす長母音が実は存在している。こういうのは机の上だけで勉強してもどうしようもない、現地人と話して聞き取るしかない。


結局発音、すなわち音とは、まず正確に聞こえないことには発音不可能である。話を戻すと、オペラをやる上でこれは基礎中の基礎であるが、日本のオペラの現場ではここまで強い認識がなされていない。その証拠に、日本人の耳に優しい日本的発音をした者(もちろん過剰に日本的なのはまずいが)が発音を評価され、ある程度ネイティヴになると逆に聞き取りにくい為評価されないことも少なくない。まずは謙虚に現地人の発音に危機を傾ける必要がある。その為には正しい知識も必要になって来る。いずれにせよ、本物を素直に参考にすることがまず第一である。